ただキミを愛してる


「君はどうして僕の前では素直になれないのかな?」
「だ、だって沖田先輩が変な冗談を言うから」
「何処が変な事なの?僕はただ思っている事を言っただけで
 冗談なんて一つも言ってないよ」
「だけどどう考えてもおかしいじゃないですか。
 そもそも私の誕生日に何が欲しいのか聞いておいて…
 それを沖田先輩は…ああ、もう良いです!先輩なんて知り…ま」

半ば癇癪的に叫びかけた千鶴の言葉が、途中で遮れた。
沖田のひとさし指が千鶴の唇に触れて、続きを言わせなかったのだ。
そしてゆっくりと顔が近づいてきたかと思うと、唇を押さえていた指を
頬を撫でるように移動させて顎を軽く持ち上げた。

「え…!?」
「良い子だから目を閉じておいで」

頭の中では、その言葉に従ったら危険だと解っているのに、
千鶴は暗示でもかけられたかのように瞳を閉じてしまう。

ふざけ半分に頬に触れるような物ではなく、唇を重ね合わせた
本当のキス――

生まれて初めての…ファーストキスだった。
予告もなしに奪われた口付けに、千鶴は衝撃を受けて大きな瞳を
更に大きく見開く。
驚きに思考が真っ白になり、やがてスイッチが入ったかのように
一気に感情が湧き出してくる。
突き放して抗議の声をあげようとしたが、沖田は千鶴の身体を
放さないとばかりにきつく抱きしめ、逃げる事も叶わない。
その間も唇は解放されることはなく、抵抗するように腕を動かそうと
したが、後ろの壁に身体を押しつけられてしまう。
左手に持っていた学生鞄が地面に落ちて、
自由だった右手は沖田の手によって押さえつけられる。


突然のキスという事実だけでも、衝撃的な出来事だというのに、
沖田は尚も深く千鶴を求めてきた。

ただ重ね合わせていただけの唇が、僅かに離れた。
放心しかけていた千鶴がホッとしたのも束の間、沖田はその隙を
ついて舌先を侵入させてくる。

(知らない…こんなの、知らない…っ)

初めての出来事に、千鶴は半ばパニックになりかける。

「驚いても僕の舌を噛まないでね」

そんな勝手な事を言うが、千鶴には余裕なんてこれっぽっちもない。
ただ頭の中にあるのは、沖田に唇を奪われたという事実だけ……

「ん、んぅー…!」

息が苦しくなり腕をばたつかせると、沖田は愉快そうに笑った。
彼女はキスをするのが初めてで、呼吸の方法を知らないのだ。

「息を止めるんじゃないよ。
 こうやって、キスの合間に鼻で息を吸ってごらん」

教えられるままに鼻で息をする事を覚えると、酸欠になるような
放心状態から逃れる事が出来た。

「そうそう、上手だね。よく出来ました」

そう言うと沖田はゆっくりと顔を離す。
細い銀糸が千鶴の唇に張り付いたのを指で拭ってやる。
子供を褒めるような口調ながらも、それが何となく嬉しかった千鶴は、
目尻をほんのりと赤くさせて沖田のカーディガンを掴む。

「もっと欲しいの?千鶴ちゃんって案外大胆なんだね」

言い終えるか否か、再び唇を奪われる。

「でも何だかおかしいね。僕が“キスしたいな”って言ったら、
 君は“何をバカな事を言ってるんですか”って、凄い剣幕で
 怒ったのに。それともあれは、単に照れていただけ?」
「そ…れは…」


事の発端は今度の日曜日に誕生日を迎える千鶴に
「何か欲しいものはある?」と沖田が聞いた事から始まる。
何もないですと答えた千鶴に対し、ムッとした顔をした沖田が
「それって僕にはお祝いして欲しくないって事?」と、
突っかかってきたのだ。
どうしてそうなるのかと逆に聞きたいところだ。
だが呆気に取られて二の句を繋げずにいると、
「じゃあ君に欲しい物がないなら、僕に何か頂戴」と、
どう考えても理不尽な事を言ってきたのだ。

変な話だと思いながらも、何が欲しいのか尋ねてみれば
間髪いれずに「キスがいい」と言う。
自分は冗談ではなく本気で聞いたのに、どうして沖田はいつも
こうして人のことをからかうのだろうと、少々キレそうになった時、
いきなり唇を奪われた……という事である。

「どう?素直になった方が良かったでしょ?
 お互い気持ち良い思いをしたし、今日はこれでもう仲直りしようか」

気持ち良い…という言葉を聞いて、千鶴の顔がこれ以上ないという
くらい赤くなった。

「今日はここまでにしておくけど、次はそうはいかないからね」
「っ!!」
「途中で音を上げないように、ちゃんと学習しておくんだよ」
「………」
「返事は?」
「……はい」

消え入るような小さな声で千鶴が俯いて応えると、
沖田はとびきりの笑顔で

「よく出来ました」

と甘い声で囁いて、耳元に口付けるのだった。




もう離さない

あの頃と違って僕には未来がある

だから僕はずっと君に恋をする